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大阪地方裁判所 昭和57年(行ウ)31号 判決 1983年2月24日

原告

日本民間放送労働組合

連合会近畿地方連合会

代表者執行委員長

中村幸夫

原告

全大阪金属産業労働組合

代表者執行委員長

小林康二

原告

全日本損害保険労働組合大阪地方協議会

代表者議長

吉田建彦

原告

全国自動車交通労働組合大阪地方連合会

代表者執行委員長

増田和幸

原告

全国一般労働組合大阪府本部

代表者執行委員長

田所穣

原告

関西地区広告労働組合協議会

代表者議長

西村恒彦

原告

全国商社労働組合連合会

代表者議長

祝部丈夫

原告

日本出版労働組合連合会大阪地域協議会

代表者議長

安東貞美

原告ら訴訟代理人

石川元也

小林保夫

大川真郎

宮地光子

斎藤浩

芝原明夫

被告

大阪府知事

岸昌

訴訟代理人

井上隆晴

上西裕久

指定代理人

阪口幸史郎

山田信治

主文

原告全大阪金属産業労働組合以外の原告らの訴を却下する。

原告全大阪金属産業労働組合の請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

被告が、昭和五七年二月二二日付で別表記載の各人に対してした、大阪府地方労働委員会(第二六期)労働者委員の各任命を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二  被告

(本案前の答弁)

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

(本案の答弁)

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一  本件請求の原因事実

(一)  原告らは、いわゆる総評、同盟、中立労連、新産別などの中央組織に所属せず、純中立系(全国組織を有する場合)もしくは無所属系(地方組織だけの場合)と通称される大阪府下の単位産業別労働組合である(以下中立系労組という)。

(二)  被告は、昭和五七年二月二二日付で、別表記載の各人に対し、いずれも任期を同日から昭和五九年二月二一日までとする大阪府地方労働委員会第二六期労働者委員(以下第二六期委員という)に任命した(以下本件任命処分という)。

(三)  本件任命処分は、被告がその裁量権を濫用した点に瑕疵があるから、違法である。

(本件処分に至る経緯)

1 被告は、昭和五六年一二月一一日付大阪府公告第一〇九号で、大阪府下の全労働組合に対して、第二六期委員の候補者の推薦を求める公告(推薦受付期間は、同月一四日から昭和五七年一月一四日まで)をした。

2 大阪府は、右公告とともに、大阪府労働部長通知として、大阪府内で組合員数二、〇〇〇名以上の労働組合(労働組合法(以下法という)二条、五条の規定に適合する労働組合に限る。以下同じ)のうち、組織別、産業別を考慮して選定した主要な労働組合に対し、推薦候補者を組合間で自主的に調整するための「主要労働組合懇談会」(以下懇談会という)を開催するよう要望及び招へいをした。

原告らのうちの四組合が、中立系労組として右招へいを受けた。

3 懇談会は、昭和五六年一二月四日、約三〇組合の代表者が集まつて開催された。そして、推薦小委員会(委員の構成は、総評系、同盟系、中立労連系から各二名、中立系労組から二名、合計八名)を設置し、そこで候補者を右各派の間で自主的に調整したうえ労働者委員の定数一一名(法一九条二一項、六項)と同数に絞ることが決定された。

4 そこで、推薦小委員会は、同月二五、二六の両日に開催され、候補者を、別表の各人のほか、訴外向井幸雄、同斉藤武雄並びに中立系労組が推す原告全大阪金属産業労働組合執行委員長訴外小林康二、原告日本民間放送労働組合連合会近畿地方連合会書記長訴外田比良敏夫の合計一五名に絞つた。しかし、候補者を一一名にする調整ができなかつた。

5 そこで、中立系労組以外の各派の労働組合の一部は、昭和五七年一月一四日までに、被告に対し、別表記載の各人、向井幸雄、斉藤武雄を、第二六期委員の候補者として、推薦した。

6 原告らは、同日、被告に対し、原告全大阪金属産業労働組合は書面で、その余の原告らは口頭で、中立系労組が推す小林康二、田比良敏夫を、第二六期委員の候補者として推薦した。

7 その後、中立系労組を除く総評系、同盟系、中立労連系の各派の間で、再度話し合いがもたれた結果、同年二月ころ、前記5の推薦候補者のうちから、向井幸雄、斉藤武雄の両名の推薦を取り下げ撤回した。

8 被告は、同月二二日、前記5ないし7のとおり合計一三名の推薦を受けた候補者の中から、別表記載の各人に対し、本件任命処分をしたため、原告らが推薦した小林康二、田比良敏夫は、任命されなかつた。

(大阪府下の系統別組合員数と労働者委員定数)

9 大阪府下の昭和五四年六月現在の系統別組合員数は、総評系約一七万人、同盟系約二二万人、中立労連系約一二万人、中立系労組約三四万人、新産別系一万人未満である。この比率をそのまま定数一一名の労働者委員に反映させるとすると、総評系2.2、同盟系2.8、中立労連系1.5、中立系労組系4.4の割合になる。

更に、右小数点以下を調整するについて、昭和五四年度大阪府地方労働委員会における不当労働行為申立件数比(中立系労組が三〇件で全体の35.7パーセント、総評系組合が五三件で六三パーセント、同盟系組合が一件で1.2パーセント、中立労連系組合が〇件)を考慮すると、総評系が三、同盟系が二、中立労連系が一、中立系労組が五の割合になる。

10 右関係に基づいて、労働者委員数の配分を算出すると、大阪府下の中立系労組懇談会に結集している組合員数(三七単産、約一〇万人)にだけ比例させて定数一一名の配分をするとしても、総評系が3.0人、同盟系が3.9人、中立労連系が2.1人、中立系労組が1.8人となる。

(本件任命処分の違法性)

11 地方労働委員会の労働者委員は、労働組合の推薦に基づいて、都道府県知事が任命し(法一九条二一項、七項)、知事は、当該都道府県の区域内のみに組織を有する労働組合に対して候補者の推薦を求め、その推薦があつた者の中からこれを任命するものとされている(法施行令二一条一項)。

そして、任命の基準について、別紙のとおりの労働省事務次官通牒(昭和二四年七月二九日付労働省発第五四号)がある。

右通牒に従つて、労働者委員の定数一一名を配分すると、前記9、10のとおりの関係から、被告は中立系労組の推薦する候補者のうちから、少なくとも二名を中立系労組に割り当てるべきである。

しかし、被告は、右通牒の「産別、総同盟、中立等系統別の組合員数に比例させる」という規準を無視し、本件任命処分を行つた。その結果、本件任命処分による労働者委員の所属組合の系統は、別表の「推薦母体の組合の系統」欄記載のとおりとなつた。

かような本件任命処分は、労働委員会の三者構成の趣旨、不当労働行為の救済機関たる機能を著しく阻害するものであり、被告が、裁量権を濫用して差別的な処分をしたというほかはない。

(四)  結論

本件任命処分は、被告が裁量権を濫用した違法なものであるから、その取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

(一)  原告らのうち、小林康二、田比良敏夫を第二六期委員の候補者として推薦したのは、原告全大阪金属産業労働組合だけであつて、その余の原告らは、その推薦をしていない。したがつて、その余の原告らは、本件任命処分によつてその法律上の利益が侵害されることはないから、本件訴の利益がない。

(二)  原告全大阪金属産業労働組合も本件訴の利益がない。

被告は、労働組合から候補者として推薦された者で、かつ、法一九条八項の欠格事由がない者の中からであれば、自由な意思決定で第二六期委員を任命することができた。したがつて、任命権者が右の要件を充足しない者を任命したときには、同原告が推薦者としてその任命の取消しを求める法律上の利益があるけれども、そうでない限り、推薦母体である同原告には、自己の推薦した者が任命されなかつたことによる固有の法律上の利益の侵害はない。

そうすると、本件は推薦された者で欠格事由のない者の中から任命されたのであるから、本件任命処分に当たつて候補者を推薦した同原告も、本件訴の利益がない。

(三)  まとめ

原告らは、本件任命処分の取消しを求めるにつき、行訴法九条の法律上の利益を有する者には当たらない。

三  本件請求の原因事実に対する認容と主張

(認容)

(一) 本件請求の原因事実中、(一)の事実は不知。

(二) 同(二)の事実は認める。

(三) 同(三)の事実中、1、2の各事実は認め、3、4の各事実は不知、5の事実は認め、6の事実中、原告全大阪金属産業労働組合が推薦したことは認めるが、その余の原告らが推薦したことは否認し、7の事実中、原告ら主張の両名について推薦の取下があつたことは認めるが、その余の事実は不知、8の事実は認め、9、10の各事実は不知、11の事実は、法令の存在及び原告ら主張の通牒のあることは認め、その余は争う。

(主張)

(一) 被告が、本件任命処分をした別表記載の各人は、いずれも、労働組合が、所定の方式に則り、第二六期委員の候補者として推薦した者であつて、法一九条八項所定の欠格事由がない。

(二) 被告は、労働組合から、第二六期委員の候補者として推薦を受けた者で、法一九条八項所定の欠格事由がない者の中からであれば、自由な裁量で労働者委員の任命処分を行うことができる。

したがつて、原告らの主張は、被告の裁量の範囲内の事項について、その当不当を問題にするものであつて失当である。

(三) まとめ

本件任命処分は適法である。

四  被告の本案前の主張に対する原告らの反論

(一)  労働組合の労働者委員候補者の推薦は、単なる事実上の推薦ではなく、「推薦に基づき任命する」という法令の定めに基づくものである。その趣旨は、推薦が、任命権者に対する単なる要請ではなく、推薦者の利益を重視し、その意思を反映させるため、任命権者の意思をその限りでは拘束するものと解すべきである。

そして、原告ら推薦者は、自ら推薦した労働者委員の候補者が、被告の任命権行使の過程において、公正で差別なき判断を受け、適切な考慮の対象となつていることを求める地位(推薦権)がある。

(二)  原告らは、推薦者として、このような地位があるから、この地位に基づき、被告が裁量権を濫用し、違法な任命処分を行つた場合にはこれをただす適格がある。

五  被告の本案の主張に対する原告らの認否

(一)  被告の本案の主張(一)の事実は、認める。

(二)  同(二)の主張は争う。

第三証拠<省略>

理由

一  原告全大阪金属産業労働組合以外のその余の原告らの訴の利益について

(一)  原告全大阪金属産業労働組合以外のその余の原告らは、昭和五七年一月一四日、被告に対し、口頭で第二六期委員の候補者の推薦をしたことを自認している。

しかし、成立に争いがない甲第一号証、乙第二号証の一、証人岸田勲の証言及び弁論の全趣旨によると、第二六期委員の候補者の推薦は、昭和五六年一二月一四日から昭和五七年一月一四日までに、大阪府公報に掲載された大阪府公告第一〇九号所定の様式の書面(推薦書)で、被告に対してしなければならない旨定められていることが認められ、この認定に反する証拠はない。

なお、法は、推薦を書面ですることを禁ずる旨の規定をおいていない。

そうすると、推薦は、大阪府公告所定の様式による書面でしなければならない要式行為であるから、口頭によつて候補者を推薦しても、被告は、それを適法な推薦として取り扱うわけにはいかない筋合である。

(二)  以上の次第で、労働者委員の候補者の推薦を書面によつてしていないその余の原告らは、本件任命処分の前提となる推薦を適法にしていないのであるから、本件任命処分によつて、推薦に関する法律上の利益が侵害されることはないとしなければならない。

(三)  まとめ

右その余の原告らの本件訴は、不適法であるから、却下を免れない。

二  原告全大阪金属産業労働組合の訴の利益について

(一)  行訴法九条にいう法律上の利益を有する者とは、当該処分等により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解するのが相当である。

そこで、同原告が、本件任命処分の取消しを求める法律上の利益を有するかどうかは、同原告が本件任命処分によつて侵害されたと主張する利益を、法や法施行令などが権利若しくは個別的具体的利益として保障しているかどうかによつて決まるとしなければならない。

さて、同原告が本件任命処分によつて侵害されたと主張している利益は、第二六期委員の候補者として推薦した二名の者が、被告の任命権行使の過程において、公正で差別なき判断を受け、適切な考慮の対象となつていることを求める地位、すなわち同原告のいう推薦権である。

そこで、推薦権という用語を用いるかどうかは兎も角として、原告の主張する地位を、法や法施行令などが認めて保障しているかどうかについて考究する。

(二)  法は、地方労働委員会の構成について、「使用者委員は、使用者団体の推薦に基づいて、労働者委員は、労働組合の推薦に基づいて、公益委員は、使用者委員及び労働者委員の同意を経て、知事が任命するものとする」と規定している(法一九条二一項、七項)。そして、知事が「使用者委員又は労働者委員を任命しようとするときは、当該都道府県の区域内のみに組織を有する使用者団体又は労働組合に対して候補者の推薦を求め、その推薦があつた者の中から任命するものとする」と規定している(法施行令二一条一項)。

これらの規定の趣旨は、候補者の推薦をした労働組合に対し、その推薦をした候補者が知事から必ず任命されることまでも保障したものでないことは、推薦の性質上当然である。

しかし、知事は、労働組合の推薦を受けていない者を労働者委員に任命することはできないから、その意味では、推薦は、被告の任命行為を拘束する性質をもつとしなければならない。すなわち、労働組合が候補者を推薦することは、知事が任命行為を行う際の単なる一資料にとどまるものではなく、それによつて、右候補者が、推薦を受けた候補者全員の中の一人として、知事が任命を行う際の対象となるのである。したがつて、労働組合の推薦した候補者が、正当な事由がないのにこの対象から除外され、又はこれと同視しうる扱いを受けたときには、その任命手続は違法であるといわなければならず、そのような労働組合の推薦による効果は、前記法条によつて与えられているものであるから、それは、推薦をした労働組合にとつて法律上の利益というべきである。同原告がいう、被告の任命権行使の過程において、推薦した候補者が公正で差別なき判断を受け、適切な考慮の対象となつていることを求めるとは、この趣旨に解せられる。

そのうえ、労働委員会の制度は、憲法が保障している労働者の労働基本権を擁護し実現する目的で設けられたものであり、同委員会の委員の構成には公益委員のほかに利益代表委員としての労働者委員と使用者委員の参加を求めており、法令の定めによつて労働者委員の任命は労働組合から推薦された候補者の中からのみ行うものとされていること及び労働組合は、組合員の利益を擁護するだけではなく、組合固有の法上の利益を享受していることに照らすと、本件のような推薦制度のもとでは、推薦された候補者に対してのみ任命処分が適法になされることを争いうる地位を保障するだけではなく、候補者を推薦した労働組合に対しても、任命処分が違法になされたときにはこれを争いうる地位を保障し、推薦の効果が任命手続に反映されるように法的に保護していると解するのが、労働委員会や労働組合の本質に合致するのである。

(三)  もつとも、推薦をうけた候補者が任命されなかつた場合には、当該候補者自身が、自己に対する一種の拒否処分があつたものとして、これと競合する関係にある他の任命処分につき取消しを求める訴の利益が肯定されるから、推薦者は、実質的にも処分の名宛人となる余地がなく、したがつて、他の者の任命処分の取消しを求める訴の利益を認める余地がないとの反論もありえようが、当裁判所は、前述した理由によつて、労働者委員の候補者を推薦した労働組合は、推薦された候補者と同等に、ないしはこれに準じて、推薦された候補者と競合関係にある他の候補者の任命処分の取消しを求める訴の利益があるとするものである。

(四)  被告は、労働組合から推薦された候補者で欠格事由のない者の中から任命権者の自由意思で労働者委員を任命することができるから、同原告には訴の利益がないと主張するが、この主張は、本件任命処分が被告の裁量権の範囲内のことであり、裁量権の濫用がないということに帰着する。しかし、裁量権濫用の有無の問題は、本案に入つて審理判断すべき事項であるから、訴の利益を否定する根拠にすることはできない。

(五)  また、法一九条二一項、七項による労働組合の推薦は、公益のためにするものであつて、推薦する個々の組合の利益のためにするものでないことを理由に、同原告の訴の利益を否定する考え方もありえよう(山内一夫作成の鑑定書―成立に争いがない乙第一号証)。

しかし、この考え方を採用すると、前述した場合つまり知事が正当の事由がないのに推薦された候補者を審査の対象外にしたりこれと同視しうる場合、誰もその手続的違法を指摘してこれを矯正する手段がないことになるが、この結論には、到底賛成できない。あるいは、この考え方は、そのような場合には、推薦された候補者に対して救済の道を講ずれば足るという趣旨であるのなら、当裁判所は、前述した労働組合の性格から、候補者と並び、又は候補者に準じ、労働組合にも訴の利益を認めるものである。

(六)  まとめ

同原告には、本件任命処分の取消しを求めるについて法律上の利益があるから、被告の本案前の主張は採用しない。

三  原告全大阪金属産業労働組合の請求について

(一)  被告が、昭和五七年二月二二日付で、別表記載の各人を第二六期委員に任命したこと(本件任命処分)、別表記載の各人は、大阪府内の労働組合から第二六期委員の候補者として推薦を受けた者であり、いずれも法一九条八項所定の欠格事由がないこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

(二)  右事実によると、本件任命処分は、所定の推薦に基づいて、適格者の中から第二六期委員を任命したものであるから、適法な処分であるとするほかはない。

(三)  ところで、同原告は、本件任命処分には被告の裁量権の濫用があるから違法であると主張するが、この主張は、次に述べる理由によつて主張自体失当である。

すなわち、

(1)  法が、労働委員会について、いわゆる三者構成、すなわち、使用者を代表する者、労働者を代表する者及び公益を代表する者各同数をもつて組織することにした(法一九条一項)趣旨は、労使それぞれの私的利益の主張を直接にとり入れるためのものではなく、労働争議の斡旋、調停、仲裁(労働関係調整法一〇条以下)、不当労働行為等の判定(法五条、一一条、一八条、二七条)に際し、労使それぞれの主張を通して当該事件についての労使の利害を明らかにして、客観的に妥当な解決を図ろうとすることにあると解するのが相当である。

したがつて、労働組合間に存在する総評、同盟、中立労連、中立系といつた各派の意向や利害を、そのまま労働委員会の運営に当たつてとり入れることは、法が、本来的には予定しないところである。

(2)  次に、前述したとおり、法及び法施行令は、知事が、地方労働委員会の労働者委員を任命するには、労働組合から推薦があつた者の中から任命することにしている。

したがつて、知事は、推薦があつた候補者の中から労働者委員を任命しなければならず、労働組合から推薦されなかつた者を労働者委員に任命することは裁量権の範囲を逸脱したものとして許されない。

また、前に説示したように本件推薦制度の趣旨に照らし、労働組合から推薦された者全員を審査の対象にしなければならないから、推薦された者の一部をまつたく審査の対象にしなかつた場合にも、推薦制度の趣旨を没却するものとして、裁量権の濫用があつたとしなければならない。

しかしながら、推薦は、指名とは異なるから、推薦に基づいて任命する場合の任命権者には、裁量権が与えられており、推薦された者が審査の対象とされた以上、推薦された候補者が労働者委員に任命されなかつたからといつて、直ちに裁量権の濫用があつたとするわけにはいかない。

ところで、同原告の主張は、同原告の推薦した候補者二名が任命されなかつたのは裁量権の濫用であるというだけであつて、推薦されていない者が任命されたとか、同原告の推薦した候補者が審査の対象から除外されていたため誤つた判断が下されているなどと主張するものではないから、結局、裁量の当否を問題とすることに帰着する。

(3) さらに、本件任命処分は、地方労働委員会の委員という特別職の地方公務員(地方公務員法三条参照)の任命行為であるところ、このような行為を、相手方の同意を要する行政処分とみるか、公法上の契約とみるかはともかくとして、この任命行為は、その性質自体から、本来的に任命権者の広範な自由裁量に委ねられていると解するのが相当である。したがつて、任命行為をするに際しての具体的な任命規準等については、そもそも法律による規制になじみにくい性質の行為であるといえる。

そうして、法は、労働委員会の公益委員の任命については、特に規定を設け、そのうちの一定数以上の委員が同一の政党に属する者となつてはならない旨規定しているが(法一九条九号)、労働者委員の任命については、①労働組合から推薦があつた者で、かつ、②法一九条八項所定の、禁治産者、準禁治産者、一定の刑事処分中の者という欠格事由がない者であることの外は、任命規準について、何んらの規定がない。ということは、地方労働委員会の労働者委員の任命については、右①、②の各要件以外については、すべて任命権者の自由裁量に委ねる趣旨である。

(4)  同原告は、別紙の労働省事務次官通牒があり、右通牒によつて、被告は、大阪府下の系統別の組合員数に比例させて、労働者委員を任命すべきであり、被告は、右規準を無視して本件任命処分を行つたから、その裁量権を濫用したものであると主張する。

しかし、行政庁が、その裁量に任された事項について、裁量権行使の準則を定めることがあつても、このような準則は、本来、行政庁の処分の妥当性を確保するための一つの指針となるにすぎないものであつて、処分が右準則に違背して行われたもしても、原則として、当不当の問題を生ずるにとどまり、当然に違法となるものではない(最判昭和五三年一〇月四日民集三二巻七号一二二三頁)。

そして、本件任命処分については、前記①、②の各要件以外の事項は、すべて任命権者の裁量に委ねられているから、被告のした本件任命処分が、仮に右通牒(その存在については、当事者間に争いがない)に違背してなされたものであつたとしても、それによつて、当不当の問題が生じることは格別、違法の問題が生じる余地はない。

(5)  同原告が本件で強調していることは、労働者委員一一名が、労働組合の各派に均衡がとれるよう割り当てられるべきであるというにあるが、原告らの主張にもあるように、被告は、各派による懇談会を開いて推薦者の人数を調整するよう求めているのであるから、原告らは、この懇談会の話合いを通して原告らの要求を実現すべきである。それにもかかわらず、原告らは、その方法を諦め、被告の任命処分に濫用があつたとして提訴しているのである。しかし、これは、筋違いであるといわなければならない。

(四)  まとめ

同原告の請求は、主張自体失当であるから、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  むすび

原告全大阪金属産業労働組合以外のその余の原告らの本件訴は、不適法であるから却下することとし、原告全大阪金属産業労働組合の本件請求は、理由がないから棄却し、行訴法七条、民訴法八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(古崎慶長 孕石孟則 八木良一)

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